shousetu saikai
小 説 「 S A I K A I 」


第36話

昭和58年7月2日

お店の前にはずらりと花輪が飾られている。


あと10分もしたらお客様もやってくるにちがいない。

そう、今日は「ぎゃりい鴨円(おうえん)」の開店なのである。

実は、この店出島のマスターの店なのである。
出島は、今から3ヶ月前に火事で全焼してしまったのである。
原因は、1階の焼き鳥屋から出火したらしい。
出島のあるところは、ススキノどまんなか、いろんなお店がほとんどくっついて、建っている。

あんなごちゃごちゃしているところで、火災が起きたら大変だ。
外から見るとカラフルで、新しくかんじるのだが、実はキレイなのは表と内装だけで、
木造の築30年以上もたっているような建物なのである。
自分も、出島の屋根や外壁を見たことがなかったぐらいなのである。

あの出島はもうないのである。さびしい。
今まで、ひとまわり大きくなって、出島で寿司をにぎりたいと思いながら甚八で修行をしていた。
まさか、その出島がなくなってしまうとは・・・・・

俺は、結局東京の甚八を退職し、出島のマスターが新たにはじめる
喫茶店+和食のお店「ぎゃらりい鴨円」にお世話になることにしたのである。

寿司屋のマスターが喫茶店をやるのは、最初は驚きだったけど、
俺にとっては、初めての経験、なにも寿司だけが全てではない。

千留屋でテンプラを学び、二番星で居酒屋料理、出島で寿司、そして甚八では寿司の基本を身につけた。
親父は焼肉屋を自営しているので、肉についても多少の知識も学んだ。
今度は、コーヒーという新たなものを学ぶことができるのである。
それもまた、いいかなぁ と思って鴨円にお世話になることを決心した。

鴨円はちょっと変わったお店なのである。
札幌市の郊外の住宅街にあり、出島のマスターの自宅とくっついている。

かつて、出島にいたころ、自宅の北側に平屋のおんぼろの建物が2棟建っていた。
そのさらに北側には車が4台ほどとまれる駐車場があった。
俺は、そのおんぼろの住宅に住んでいたのである。
おんぼろといっても、自分にとっては素晴らしい城だった。

はじめて一人暮らしをしたところであり、しかも一軒屋なのである。
あのころが、懐かしい。
よくレイちゃんが遊びに来てた俺の城。

その城と、北側のおんぼろ家が解体され、自宅と接続するように鴨円は建てられた。

外観は、丸太づくり。入口には直径2mぐらいの大きな玉がある。
その大きな玉の脇に50センチほどの通路があって、裏側に玄関がある。

住宅街に建てられたこの建物は異様な感じさえある。
あぶない新興宗教の建物に間違えるほどだ。

玄関からお店に入ると、そこはジャングルのように曲がりくねった木が立てられている。
内装は、床は土間のところと、木のところがあり、壁はすべて丸太が縦に建っておりまさに外観そのもの。

ステップフロアになっていて、玄関から右手を見ると、2m下のほうにテーブルがある。
テーブルはもちろん丸太をぶった切ったもの、いすも丸太。

玄関正面を見ると、カウンターがあり、そのカウンターは「止まり木カウンター」と命名され、
8本のまがりくねった木があり、一番高いところは高さ2mぐらいのところが椅子になっている。


お客さんはその樹に登って座るのである。
中に入ると、とても札幌市内の郊外にいるとは思えない空間なのである。

さすがは、出島のマスターとママが考えた喫茶店だ。

実は、まだ東京にいたころ建築中の鴨円を見に来たとき、俺自身も魅せられてしまったのである。
さっそく、東京に帰って、鈴木主任に言ってしまった。
「すみませんが、親父が倒れてしまったので、札幌に帰ります!」と・・・・・・

「カラ〜ン♪カラ〜ン♪」

記念となる はじめてのお客様が入ってきた。




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