shousetu saikai
小 説 「 S A I K A I 」


32話 憧れの東京
 

昭和57年8月2日 13:10千歳発東京便の飛行機に乗る。
包丁一式入ったバックはとうぜん手荷物にはできないので、あずけた。
初めてひとりでの東京。
                                        
どんな店かどんな人が親方になるか分からないのに、自分は決断した。
不安はまったくなかった。
俺は、「包丁一本♪サラシに巻いてえ〜 旅に出るのぉ〜も 板場の修〜業ぉ〜・・・♪」を心の中で歌っていた。

東京駅北口に着いたら、「寿司屋の甚八」の鈴木主任に電話することになっていた。
14:30東京駅北口に到着。

電話をするとすぐに迎えにきてくれた。
ちょっと小太りの50歳ぐらいの白衣を着て、下駄を履いた人が迎えにやってきた。
「はじめまして、北海道から来ました鈴木修人と申します!」
「よろしくお願いします!」というと、
鈴木主任はニコっとして言った。

「よろしく。話は聞いているよ。店は近くにあるから、歩いて行こう。」
なんか、やさしそうな人でホッとした。
果たして、お店はどうだろうか?

俺は言われるがまま、鈴木主任についていった。

東京駅北口から歩いて3分 線路づたいに歩いていくとJTBのビルがある。

その向かえ側に8階建のビルがそびえたっている。
「新大手町ビル」というそうだ。

そのビルの一番奥にテナントとしている店舗に案内された。
                           

ちょうど、昼休みとのことで、お店の暖簾はしまり、看板にも電気はついていなかった。
なんと、午後2時から5時までは、いったん店をしめているとのことだった。
さすが、東京のビジネス街 大手町だ。

お店の中に入ると とても新しくキレイだった。
入り口から入ると、右の奥と左の奥にそれぞれ独立したエル字のカウンターがある。
二世帯住宅の玄関のような感じで2つのお店がドッキングしたようになっている。

それぞれのカウンターからはお客様が見えないようになっている。

訳を聞くと、夜は接待のお客様が多いので、商社と商社、担当者と担当者がバッティングしないように
配慮された設計とのことだった。

流石はビジネス街。今までいたススキノとは感覚がちがうのだなぁと実感した。
10人ぐらいの職人さん達に挨拶を済ませ、鉄火丼をごちそうになった。

まぐろがうまい!ワサビもうまい!舎利はあまり甘くない。
とにかく、全てが新鮮だ。
魚も人も見るもの聞くもの「さすがは、東京!」と心で連発した。

「これからどうする?」と鈴木主任に聞かれ
「もしよかったら、すぐに働きたいんですけど・・・・・!」と言うと、
「そうか じゃ白衣に着替えてこい。長谷川っ!ちょっといいかぁっ!」

「今日から来た鈴木君だ。更衣室に連れて行ってやってくれ。」

身長150センチぐらいで小太りの若い人がでてきた。
更衣室は地下にあるらしい。その間いろいろと話をした。
長谷川さんは年は自分より2つ下の19歳とのこと。

寮に住んでいるので、ルームメイトになるらしい。
年は下だが、自分の先輩になるので、長谷川さんと呼ぶことにした。

長谷川さんは「舎利番」(しゃりばん)と言って毎日朝一番の電車でお店に入って舎利を炊く係をしてる。
そのため、朝早くきているぶん、皆よりも早く帰れるそうだ。
今日は8時ごろ帰ることができるらしい。

着替えをして、とりあえず長谷川さんと一緒に皿洗いをやった。
見るもの聞くもの全て新しい。

舎利(しゃり)のことを「センマツ」と言う。トイレのことは「事務所」。ゴミ箱は「わたかん」。
塩水は「たてじお」、水は「たま」

トイレに行くときも、カウンターに「失礼します!事務所に行ってきます!」と主任に報告する。

お客さんもいるのだから、まさか「トイレに行ってきます」とは言えないからだ。

ごみ箱もそうだ。カウンターから裏方に「綿缶交換してくれ!」といわれたら
あいたごみ箱をカウンターに運ぶ。
まかないご飯は「エンソ」。

まかないご飯を板前さんより先にいただく時は、カウンターに入り「エンソお先にいただきます!」
と一番カウンターと2番カウンターに行って挨拶をする。

「エンソ」と言うのは「塩素」のことらしい。力の源の塩を指すとのこと。

数字の1は「ピン」 2は「リャン」3は「ゲタ」
1.2.3.4.5.6.7.8は「ピン」「リャン」「ゲタ」「ダリ」「メノジ」「ロンジ」「セイナン」「バンド」
それぞれのお店で言い方はさまざま。

隠語だけでも覚えるのが大変だ。

何度も長谷川さんから注意を受けたのは返事。
ついつい「ハイ 分かりました!」と言ってしまう。
正解は「ハイ、かしこまりました!」なかなか出てこない。
舌がからまってしまいうまく言えない。

とにかくあっという間に帰る時間になった。
東京での板前修業一日目。
なんとか終了した。

長谷川さんと二人で寮に向かった。

営団線都営6号という地下鉄にのって、芝公園という駅でおりる。

5分ほど歩くと、築10年ぐらい8階建てのえび茶色のマンションに到着した。

8帖二間、台所、風呂、トイレ、エアコン完備のきれいな部屋だった。

カーテンを開けると、東京タワーが見える。感激した。
中学校の修学旅行で昇った以来だ。

今日から、東京都港区芝のマンションで2歳年下の長谷川先輩と暮らすことになった。
缶ビールで乾杯して、隠語のことをももう一度聞くと、丁寧に教えてくれた。
俺は、さっそくメモをした。

その後「ハイ!分かりました!」は非常に生意気に感じるので直すように言われた。

床について、枕元で、新しいノートに今日一日の出来事、隠語・・・・いろいろ書いた。

「はい、かしこまりました。はい、かしこまりました。はい、かしこまりました。はい、かしこまりました。・・・・・・・・」
とノートいっぱいに書いた。


最後に「剣持さんの言っていたことがしみじみ分かりました!」と書き記した。




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