shousetu saikai
小 説 「 S A I K A I 」

第30話

1956年(昭和56年)12月10日 鈴木修人20歳と3ヶ月
昭和56年も残すところ、あと20日となった。
このころになると、忘年会シーズンだ。

俺は、サラリーマンをやったことが無いので理解に苦しむ。
まだ10日だというのに忘年会の予約が入っている。
忘年会というと、クリスマス後のような印象があるが、
一般世間では、たくさんの忘年会があり、
早めにやることも多いそうだ。

今日は、19時から、宴会20名の予約が入っており、1時ごろ店にでて、
鍋の準備や、茶碗蒸、お通し、刺身の準備を行った。
マスターは、今日は早く行くからと言っていたが、今だ出てこない。
宴会は始まり、料理は全て出し尽くした。
そろそろ、寿司を出さなくてはいけない。
今だマスターはこない。

自宅に電話しても、ポケベルを呼んでもらっても連絡がとれない様子。

お客様は待たせられない。
「どうしよう・・・・・・・・」
でも、俺が握るしかない。
まだ、マスターからの許可は出ていないが、
お客様には、ご迷惑をおかけすることができないので、
自分が握ることにした。
最初の寿司が20人前を握ることになるとは・・・・・・・
俺は、気合を入れ、前掛けをしばり、直し握り始めた。
腕が未熟な分、心を込めて握った。

たまたま、カウンターにお客さんも入っていなかったので、すんなり握ることができた。
しかし、とにかく握っている間はとてつもなく、長かった。
握りが遅いのである。
特にマスターは、握るスピードはとてつもなく速い。
その速さの10倍以上のスピードで、俺は必死に握った。
普段練習しておいてよかった・・・・・・・。
その間のことは、まったく思い出せない。
とにかく、最後の一皿を出すまで、とてつもなく長かったことしか思い出せない。

もっと、もっと練習をしなければ・・・・・・・

全て握り終わった30分後マスターは急いで店に入ってきた。
マスター「スマン スマン!寿司は出したか????」
修人「すみません。勝手に自分で判断して、握ってしまいました。
申し訳ありません。」

  怒鳴られるのを覚悟で、必死に謝った。

マスター「そうか。どうだった????」
修人「なんにも覚えてませんけど、とにかく必死で握りましたっ。」
マスターはニヤっとして、

 「そうか。追加で急ぎで舎利炊いておいてくれ・・・・・・・・」
といって着替えにいった。


21時になり、20名の宴会は御開きとなった。
すぐさま、片つけにいき自分の握った寿司の状況を見に行った。
全部がなくなっていたわけではなかったが、8割が食べられていた。
ホッとして、胸をなでおろした修人であった。


店が終わって、部屋に帰ってよくよく考えると、
マスターはわざと遅れてきて、俺に握らせてくれたんでは・・・・・・・と思った。

マスターに感謝しなければ! 師匠本当にありがとうございました。



その日以来、宴会や出前の時は、握らせてもらえるようになった。
1人前の8割ぐらいはマスターが、
残り2割を自分が握らせてもらえるようになっていったのである。

12月は宴会や出前が多く、
たくさんの寿司をお客様に出すことができた。

12月28日、今年最後の出勤日。
早めに店を閉めることになった。
マスター「残ったネタで、親父さんに握ってもっていってやれ!」
同じ職人の親父に自分の握った寿司をもっていくことは、
何よりものプレゼントになる。
マスターの粋なはからいだった。

こうして昭和56年の仕事納めが終わった。

今年1年に感謝し来年に胸ふくらませ、決意を新たにした。

鈴木修人 若干 20歳と4ヶ月。



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