shousetu saikai
小 説 「 S A I K A I 」

第29話

 最近は、毎晩のように寿司を握る練習のため、
あまった舎利を持ち帰り夜中というか、
午前4時〜5時ごろまで練習してから、寝るのが習慣になった。
早く、お客様に出せるような寿司が握りたい一心だった。

開店は、夕方5時までで、3時に店に入り舎利を炊き、
ネタケースのネタ並べをひとりでできるようになった。

マスターが店にくるのは、夜7時ごろが多く、ひまな時間に魚をおろしたり、
仕込みをやるようにした。
お客さんが来るのは7時半ぐらいなので、その間は余裕で仕込みが出来た。
職人さんもおらず、後輩もいないので、全て自分で仕込みができる。

本当だったら、自分の経験年数からして、出前と洗い場がいいところだが、
ちょうど、先輩も後輩もやめてしまったので、本当にチャンスだった。
やはり、見て覚えるより、経験が大切だ。
本当にラッキーだった。

マスターが店に来ると、マスターはすぐにカウンターにはいり、
ネタケースを並べ替えるのが日課だった。
自分が並べたネタの順番とマスターの並べ方はまったく違っていた。

また、同じ並べ方でも、マスターがケースを並べると、ネタが生き生きしていた。
はやく、マスターのようにネタを並べられるようになりたいと思った。

その間は、自分は夕食の買出しにいき、みんなの夕食をつくるのが日課。
献立は自分で考え、買い物に行く。
これもけっこう楽しく、勉強になった。
今まで、他の店でいろいろやっていたので、その復習になる。
なにもかもが勉強だった。

カウンターにお客さんが一杯になると、自分の出番だ。
まだ、寿司は握れないが、刺身ぐらいは切れる。
カウンターが2本あったので、2人板前がたっていないと格好がつかないからだ。

これも、先輩、後輩がいない役得で、本来なら、カウンターにたつまで、早くて3年〜5年はかかる。
自分は、まだ半年ぐらいで、カウンターに立たせてもらっている。
本当にラッキーだ。

お客様の相手をするのも勉強、マスターの寿司の握り方、
刺身の盛り方、お客様の対応、
全てを盗む絶好のチャンスである。

また、若い自分がカウンターにたっているとお客様からみて
不安になるのではないかと思い、
手が空いたときには、大根のカツラムキを行った。
これだけは、自分の得意技だった。

社会に出てから2年、とにかくカツラムキの練習はたくさんやった。
「出島」に入る前の「二番星」でも毎日、毎日カツラムキをしていた。
このカツラムキは基本中の基本で、包丁もうまく研げなければいけないし、
毎日やっていてこそ、出来る技だ。

このカツラムキをお客様の前ですることにより、プレッシャーに勝つ精神力と度胸がつく。
お客様にとっても、「若いのに たいしたもんだ!」とよく言われ、
お客様も安心していただける。

あとは、寿司さえ握れたら、なんとか格好がつくのになあ。
目の前のお客様から、「お兄ちゃん、寿司にぎってちょうだい。」といわれると、
「ハイ!」と元気な声で答え、
「マスターお願いします。」と言ってカウンターを交代するのだ。
この瞬間は 自分にとって悔しいのと情けない時間だ。
はやく、一人前にお客様に握れるようになりたいとの
想いはどんどん強くなっていった。

毎晩、毎晩あまった舎利を持ち帰り練習した。
普段も、100円ライターで寿司をにぎる練習。
トイレにすわりながらも、ライターを取り出し、寿司のにぎる練習をした。

また、魚に関する雑学や、漫画も寿司の漫画があるとさっそく購入して読みまくった。
「鉄火の巻平」という漫画は、俺の愛読書で、なんもなんども読み返した。
分からないことがでてくると、「寿司技術教科書」でしらべたり、
寿司の歴史についても勉強した。

ノートに書き写し、ノートの表紙には、「寿司の出島 文献控」と書き、
覚えたことや、マスターの姿や技術をノートに書いた。
ネタの値段、ネタの原価、粗利益、お客様の顔、刺身の盛り付け方、鍋の盛り方・・・・・・・
とにかく、覚えることが山ほどあったが、本当に楽しい毎日だった。

知れば知るほど奥が深い。
魚の値段も毎日変動するので、伝票も書き写した。
今までは、そんなことなど考えないで、仕込みをしたりしていたが、
高い魚を自分のような若い者にさわらせてくれるマスターに感謝した。

また、お客様との会話では、政治、経済、プロ野球、ゴルフ・・・・・・・・・・
新聞にもニュースにも目を通さなければいけない。
カウンターの中では、お客様を満足させること。
そして、板前としての技術。

2年ではあるが、今まで和食を厨房の中だけで料理していたのとは訳が違う。
お客様の目の前で仕事をする、寿司職人はスーパーマンだ。

勉強すれば、勉強するほど、マスターの偉大さが分かってきた。
この仕事を誇りに想い、一生をささげても足りないぐらいだと思った。

本当に、素晴らしいタイミングで、素晴らしい店と出会い、
素晴らしい師匠の元で仕事が出来る
環境に感謝した。

寿司職人の奥の深さに驚き、希望に満ちた 鈴木修人 若干 20歳。


まだまだ、板前修業がつづく。


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