shousetu saikai
小 説 「 S A I K A I 」


第28話


後輩がいなくなり、多少ショックはあったが、
マスターに聞くとよくあることのようだ。
結局お金は、札幌にすんでいる叔母さんが返してくれた

その後、先輩も出島を辞めてしまい、
しばらくは俺とマスターとアルバイトで仕事をすることになった。
まだ、寿司もにぎれない俺は、余った舎利を寮に持って帰り、練習をした。
少しづつ、握れるようになってきたが、本物の寿司はまだまだにぎれない。
とにかく、寿司は難しかった。

先輩が辞めたことで、カウンターに立つことは多くなり、
マスターのとなりで、皿盛りの時に、軍艦巻と、海苔巻はさせてもらえるようになったきた。

お客さんから、握りの注文を受けても、マスターに握ってもらって、出していた。

はやく、お客さんに出せる寿司を握れるようになりたいと いつも思っていた。
そして、彼女を呼んで、自分の握った寿司を食べてもらいたいと思い、
毎日、毎日あまった舎利をもらってかえり、寮で黙々と練習に励んだ。

ある日、マスターは開店の時間になっても店にこなかった。
そして、お客様が入ってきてしまった。
いつもの常連のツタモト総業の高橋さんが接待のお客さんを連れてきた。
まずいと思い、すぐに自宅に電話すると、マスターはいない。
ママに頼んで、ポケベルを鳴らしてももらっても、返事がまったく無かった。

とりあえず、刺身ぐらいは出せるので、刺身を出した。
出来れば、今日は刺身だけで帰ってもらえたらいいなと
思いながらカウンターに立っていた。

1時間ほどたち、そろそろ帰るのかなと思ったとき、高橋さんは言った。
「ちょっと、寿司をいぎってくれないか!」
俺「いや、まだマスターから許可もでていないし、
今までお客さんには一度も出したことがないんです。
もうすぐマスターが来ますのでもう少し待っていてもらえませんか?」
と丁重にお断りした。

実は、今まで練習はしていたが、ネタをのせて、握ったことは一度もなかったので、
正直言って、まったくの自信がなかったのだ。

「いいから、鈴木君に握ってほしいんだ。
頼むよ!俺が第1号のお客さんになってあげるよ。」
と高橋さんは言う。

仕方なく、俺は「何を握ったらいいですか?と恐る恐る質問した。
イクラとか、とびッ子の軍艦だったらなんとかなると思った。
しかし、高橋さんは「じゃーー、アワビを握ってくれ!」
(あっちゃー・・・、一番握りづらいアワビッ)

しかたなく、俺はアワビをなんとか握って、高橋さんの前に置いた。
そのとき、舎利の上のアワビは舎利からはずれて、スルスルっとすべって、
高橋さんの前にすべっていった。
なんと、なんと恥ずかしい。俺はカウンターの前で真っ赤になってしまった。

高橋さんは、ニコニコして、箸で滑って行ったアワビを舎利の上にせて、
俺の握った寿司をパクリと頬張った。

「うまい!!」と言っておいしそうに2つのアワビを食べてくれた。

「頑張って、早く一人前になるんだぞ。ご馳走様!」

「マスターによろしく行ってくれ。」と言って高橋さんとお客さんは帰って行った。

俺は、恥ずかしい気持ちと、自分で握った寿司をはじめて食べてもらい
感動と感謝の気持ちで胸一杯になった。

高橋さんありがとうございました。早く一人前になれるよう努力します。

鈴木修人20歳と3ヶ月。記念すべき一日となったのである。


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