小 説 「 S A I K A I 」 |
第11話 転 職
社会に出てから1年半がたった。千留屋の和食担当だった俺は、
ほとんどのメニューができるようになった。
全部といっても、寿司はにぎれないし、うなぎのさばきもできなかった。
かつらむきも基本だけ、出しまき玉子もちょぼちょぼ、
包丁もやっと砥げるようになったぐらいでまだまだ半人前だ。
唯一誇れるものは 「 てんぷら 」 だ。
千留屋のメニューはてんぷらがのっかるのが多く、
たとえば 「 将軍そば 」 はそばとてんぷらと寿司がつく。
千留屋の売れ筋商品だ。次によく出るのは 「 海老天丼 」「 てんぷら定食 」だ。
日曜となると、とにかく 超忙しい状態で、朝から晩までひたすら、てんぷらをあげた。
本来なら、衣の固さを覚えるのに3年はかかるという。
なんとか、このてんぷらだけはマスターしたつもりだ。マスターしたといっても、
本来はもっとおくが深いので、てんぷらのみで、一生を修行している人もいるので、
この店で、お客様に出しても恥ずかしくないてんぷらという意味だ。
てんぷらに関しては、親父も「おまえのてんぷらにはまけた」とお墨付きだ。
実はこのころ転職を考えていた。
二番手の筒井さんにおまえは、もうそろそろ他の店に修行に行った方が
よいと言われていたからだ。ここは、食堂だ。長くいても、覚えることは限られている。
俺は生活のためにこの店にいるが、若いもんがずっといる店ではないと・・・・・。
俺は迷っていた。実はそれとなくチーフにおどかされていたからだ。
チーフ 「本来は、2年は下積み、その後にやっと仕事を教えるもの。
おまえは特別に仕事を先におしえた。だから、3年はやめることはできない。
もし裏切ったら、札幌中の調理師会に手配して、入社出来ないようにすることは簡単だ。」 と
なんか おっかない世界だと思った。
ちょうど悩んでいたころ、タイミングよく、親父の店の職人が全員辞めてしまった。
そこで、俺は親父の店を手伝わなくてはならなくなってしまった。
チーフも了解してくれ それを理由に、円満退社することができた。